山笠の画像を見ていて最も「博多山笠」
らしさを撮ったすばらい作品ということでご紹介
撮影者・著作権不明。撮影者のかた、すいませんお借りしてます。
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| 博多を代表する公園・大濠公園とベイサイドプレイス(右) | ||||||||||||
博多といえば祭と中洲と辛子明太子。5月の連休には日本一の人出で賑わう「博多どんたく」、そして7月の「博多山笠」。どんたくは市民のまつりで子供も大人も、町内会も職域も、留学生の団体も参加する。決まった踊りやルールは無い。各団体で好き勝手に選んだ曲を好き勝手に踊っている。いかにも博多らしい開けっぴろげな祭だ。だが、山笠は伝統的なしきたりに則って行われる櫛田神社の神事である。流(ながれ)という組割には総代を長とした歴然とした上下関係がある。博多に生まれた男子は山笠で男社会の仕組みや男の役割を身につける。どんたくの解放性と山笠の厳粛性の対比が興味深い。山笠にわっか(車)はない。重量
1トンの山をかつぎ上げて5キロのコースを走るのである。素人や観光客がにわか担ぎ手になれるほど甘くはない。余談ながら山笠を見るなら櫛田神社前の出発点がいい。スタート直前の緊張感と、合図と同時にかつぎ上げる男達の爆発的な気合いに何度見ても涙が出るほど感動する。 辛子明太子は戦後、かつての朝鮮から引き揚げてきた川原俊夫氏(現在の「ふくや」創業者)が朝鮮のミョンテを土台にして、日本人に会う味に改良して売り出した物。長い時間をかけてじわじわ広がり、博多特産品としての名声はおよそ30年前新幹線の開通によって関西関東に広まった。製法を隠すことなく、特許で利権を確保することもしなかったので辛子明太子は福岡の新産業となり多くの企業を潤わせ、福岡の雇用機会を増大させた。 |
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中洲は男性天国との印象が強いが、石鹸好きの男性が集まるのは南新地の一部。(石鹸王国の案内はここではしない。)スナックやクラブ、各種飲食店がひしめく中洲・西中洲であるが、ここには博多の味を代表する有名店が集中している。夏はイカ・おこぜ。冬はふぐ・あらなど、玄界灘や東シナ海、有明海の豊富な魚貝類がたまらなくうまい。また韓国が隣であることから本場韓国料理の店も多い。 |
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アクセス |
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博多情緒 いわゆる、いかにも博多らしい博多情緒は旧博多駅を中心とする半径2キロあたりに色濃く残っています。。縦は現在の地下鉄祇園駅とJR博多駅、横は御笠川から博多川(中洲の東側の川)。時間がございましたら自転車か徒歩で散策して下さい。詳しい地図には町名が載っているでしょう。神屋町、奈良屋町、店屋町、御供所、呉服町などの町名がまだ残されています。 博多山笠で有名な櫛田神社はこうした旧博多地区の総鎮守。だから山笠は基本的に旧博多地区の祭りです。大黒流、土居流などという「ながれ」を単位としています。今や福岡の代表的祭りになって、都市部の人口減少傾向もあって、山に参加する人たちは福岡市周辺市町村にも広がっています。各流れの町内に勤務したり、または仕事の関係が濃い場合に山仲間に誘われたりするようです。 山笠の時期だけでなく、年中観光客が多い櫛田神社(博多んもんは「おくしださん」と呼んでいます)でもう一つおすすめ。 これが懐かしい!だいたい土間なんてもうどこにもない。そんで土間から高い敷居の畳の間。昔はどこもこんな造りやったよ。そいでもって二階に上がる階段は引き出しになっている。そうそう、昔はこうやった、ねえ。さらに奥は小さな裏庭がしつらえてあります。ボクんちに裏庭はなかったけど、これがまたいい雰囲気。棟の間には細い路地と昔の赤いポストが…。 |
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| 博多町家ふるさと館(上) 、福岡ドーム、 | ||||||||||||
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| 福岡タワーと 親不幸通り(親富孝通りともいう)の天神エリア | ||||||||||||
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